GXを推進する官・民のリーダーが集まり、GX人材育成をテーマに多角的な視点で議論

 2050年までのカーボンニュートラルを目指す日本において、企業は、様々な政策に対応しながら、成長機会に繋げるためのGX(グリーントランスフォーメーション)が求められています。しかし、多くの企業が直面している課題の一つに、GXを実現するための専門知識やスキルを持つ人材の不足があります。本イベントは、GX推進に関わる官・民のリーダーたちが集まり、GX人材育成をテーマに多角的な視点から人材の現状や課題を掘り下げました。
 現地ではGX人材育成に関心の高い企業担当者が約30名参加し、オンラインでも配信されました。その内容をレポートします。

本イベントは「GXスキル標準浸透プロジェクト」の一貫として行われました。今年5月に経済産業省がリードするGXリーグ内のGX人材市場創造WGで策定された「GXスキル標準」の浸透と活用促進を目的にスキルアップNeXtが運営しています。

スキル標準浸透プロジェクト:https://green-transformation.jp/gx_skillstandard/

1.はじめに:GX人材市場の状況とGXスキル標準策定の背景【モデレータ 小泉】

モデレータの小泉氏が、GX人材市場の状況に触れ、GXスキル標策定の背景について共有しました。

人材像や必要なスキルを定義することで人材育成を後押しし、
労働市場の流動性が高まり、キャリアアップやチェンジが活性化することを期待

▲株式会社スキルアップNeXt エグゼクティブ・アドバイザー 2024年度 GXリーグ人材市場創造WG座長 小泉 誠
リクルートを経て経済産業省へ入省し、産業横断でのデータとAIの利活用を推進。退官後はデジタルリテラシー協議会の運営、経済産業省 デジタルスキル標準のリテラシー検討WG委員、GXリーグ内での人材市場創造WG座長など、人材育成と労働市場改革にて産学官を横断した活動を実施中

 GX人材の需要は高まっているものの、十分に認知されておらず、キャリアの選択肢としても考えられていません。また、企業はGX推進において人材不足に直面していますが、どのような人材が必要かは明確ではありません。

 その問題意識に対し、人材像や必要なスキルを定義することで、人材育成を後押しし、それによる労働市場の流動性が高まりキャリアアップやチェンジが活性化することを期待して「GXスキル標準」の策定に取り組んでいます。昨年はver1.0として、リテラシー標準や人材類型を作成しました。

 GX推進には多数の部署の連携が不可欠で、組織全体の変革が求められています。参加者にはGX人材の重要性や具体的な行動を持ち帰ってもらいたいと考えています。

2.第1部:GX人材育成について登壇者からのライトニングトーク

各登壇者から、GX人材育成についての意見を共有いただきました。
最初に登壇いただいたのはGXリーグを主催する経済産業省の 折口氏です。

GX人材のスキル定義は、多様な業種・業界が参加するGXリーグで取り組む
策定して終わりでなく、社会実装を経済産業省としても後押し

▲経済産業省 GXグループ 環境経済室 室長補佐 折口 直也氏
2015年4月入省。内閣官房新しい資本主義実現本部事務局への出向等を経て2023年7月より現職。GXリーグや地球温暖化対策推進法における温室効果ガス排出量算定・報告・公表制度等を担当

 GXリーグは、企業が自発的に参画し、GX推進をリードするための枠組みです。自主的なものですが、参加企業は日本全体の排出量の5割をカバーする規模であり、日本のGXの進展に大きな影響を与えます。

 リーグ内では、企業間の競争基盤を整えるためにルール形成が進められており、その一環としてGXスキル標準が生まれました。多様な業界が参画するリーグの強みを活かし、人材育成のためのスキル定義を進めることが望ましいというスキルアップNeXtからの提案に賛同した形です。策定後も官民が協創して社会実装を進め、経済産業省としても後押ししていきたいと考えています。

現場での実践と企業としての戦略的な意志決定を一貫して行える体制を構築

▲住友商事株式会社 サステナビリティ推進部 菊地 崇史氏
2023年8月入社。サステナビリティ推進部において、グループ全体のGX推進を含むサステナビリティ方針の策定を担当。直近では気候変動対応に加えて、自然資本、循環経済、人権尊重等のサステナビリティ分野の業務も担当

 住友商事は、2050年のカーボンニュートラル達成と2035年までにCO2排出量を2019年度比で50%以上削減する目標を掲げています。こうした目標達成に向けたGX推進のため、サステナビリティ推進委員会や関連部署が会社全体のGX方針に関する経営判断をサポート刷ると共に、各営業グループのCFOの下に専門GX推進担当者が配置されています。さらに営業ユニットにも再生可能エネルギーや省エネ技術に精通した人材がおり、経営の戦略的な意思決定と現場でのGX推進が実現しています。

 人材育成は、サステナビリティ推進部や各グループのGX関連事業の担当者が社内向けセミナーや勉強会を開いたり、GX検定の受験をしたりして、スキルアップを図っています。現在は5月に発表されたスキル標準を元に、何ができるかを検討中です。

社内副業制度でサステナビリティと事業利益の相互の目線を合わせる

▲KDDI株式会社 コーポレート統括本部 サステナビリティ経営推進本部 サステナビリティ企画部 カーボンニュートラル・環境G グループリーダー 兵田 聡氏
2007年 入社。経営企画部門にてカーボンニュートラル、エネルギー領域の戦略策定等を行い、2022年10月より現部署にてKDDIグループ全体のカーボンニュートラル戦略を担当

 KDDIは2030年度までに自社のCO2排出量をゼロにし、2040年度にはScope3まで含めたサプライチェーン全体の排出量削減、ネットゼロを目指しています。その実現に向けて有効と感じているのが社内副業制度です。社員が他部署で最大20%の業務を担うことが副業制度を導入しており、サステナ部署にも何人も来ています。それにより、サステナビリティの視点と事業利益の相互の目線合わせに役立っています。

 人材育成では、トップ、部長、現場など異なるレイヤーごとに勉強会を行い、さらに知識を持つ社員や外部専門家を招いてセミナーを開催し、社内リテラシー向上に努めています。

人材が劣後されがちな状況を早期に解消するために、共通プロトコルが必要

▲株式会社スキルアップNeXt 代表取締役  2024年度GXリーグ人材市場創造WG代表リーダー企業 田原 眞一
経済産業省GXリーグにおいてGX人材市場創造WGの代表リーダー企業を務め「GXスキル標準」の策定を推進
note

 GX人材育成の黎明期において、各企業の課題は個別性に至っておらず、まずはリテラシーに行き着きます。また、人材の重要性は認識されつつも、他の要素に後回しにされがちです。このギャップを縮めることがGX推進の上で重要であり、そのために共通のプロトコルを持つべきというのが「GXスキル標準」提案の背景です。

 GX人材の育成は唯一の解決策ではありませんが、排出構成など機密情報の扱いや人材不足を考慮すると、育成が基本です。内製と外部依存のメリット・デメリットを理解し、GXスキル標準を基に段階的な計画を立てることが重要です。

3.第2部:パネルディスカッション

  • なぜGX人材育成が必要なのか
  • 人材育成を何から始めるべきか

について意見が交わされました。

長期的な視点や投資家からの要求もふまえ、GXに取り組む重要性を
事業の意義に「翻訳」して伝えられる人材が必要

小泉
「人材が重要であることは誰もが理解していますが、全ての企業が取り組めているわけではない中で、住友商事とKDDIでは、その重要性は具体的にどのように社内で理解され、浸透しているのでしょうか」

兵田
「GX、特にカーボンニュートラルなどは、瞬間的に考えると事業から距離があるように見え、利益や企業価値へのつながりが不明確だと捉えられがちです。
それを短期的な利益だけでなく、長期的な視点や投資家からの要求という観点で捉え、事業への意義を「翻訳」して伝える必要がある。GX推進には、こうした翻訳家的な役割を担える人材を増やすことも重要と考えています。」

菊地
「まず、自社の環境を客観的に理解することが重要です。社会的なGHG排出量削減の要請やカーボンプライシングが経済性に影響を与え、非財務情報開示が企業価値に直結する時代が来ています。これを理解しないと、ビジネスや企業の持続可能性にリスクが生じます。その上で、攻めるべきポイントを見つけ、必要なスキルや知識を現場で自律的に育成するエコシステムを作っていくことが大切です。」

小泉
「逆に、これまでにうまくいかなかったことや、失敗したことは?」

菊地
「事業部門間でのGXに対する温度差が課題です。部署によっては喫緊の課題じゃないところもある。どうアプローチをしていけばいいのか日々検討を行っていますが、個人的な考えとして、気候変動の「適応」という視点で見ると、これまで関心が薄かった部門にも新たな機会があったりします。そういった少し引いた目線で捉え、関心を持ってもらうことが解決策になると思っています。」

兵田
「我々の会社でも同様に、事業部門ごとにGXに対する温度差はかなりあります。特に法人営業ソリューション部門は温度感が高いですが、そうでない部門もある。特に自社の削減目標を守るだけでなく、それを事業の機会につなげていこうとすると、いつ利益になる?みたいな話がでてくるので、そこを長期目線にどう引き上げられるかというのは常に模索しています。」

GXはビジネス活動の変革
そのためには、GXに関する知識の引き出しを身に着ける必要がある

小泉
「田原さんの立場から、企業に人材育成の必要性をどう伝えてますか?」

田原
「最近、自分がいろんな方と話していて腑に落ちた言葉が「非財務は未財務だ」っていう話です。要は今、非財務と呼ばれているものも、今後、財務になってくるっていう話だと思うんですね。そういった世の中の動きと事業戦略を整合させ、GXの戦略を描き実行できる人材を先を見据え配置することが求められます。半年とかでできることではないので、今すぐ考え始める必要がある、という話はよくさせていただきます。」

小泉
「折口さんのお立場からは、GX人材の育成についてどう考えられますか?」

折口
「GXはパリ協定に基づく世界的なコミットメントであり、不可逆なものだと考えています。日本としても国全体の方針として打ち出しており、ビジネス活動の変革が伴わない限り、カーボンニュートラルには至らないという認識です。CSRではなく、ビジネスそのものに関わることで、いかにGXを通じてマネタイズするかが重要です。

そのためには、算定方法を理解していることや、カーボンニュートラルや環境表示などの価値を正当に主張し販売力を高めることなど、GXに関するリテラシーが必要となります。そういった知識の引き出しを身に着けていることが、マネタイズするための1つの答えになると思っています。」

小泉
「GXは単なる対応策ではなく、ビジネスの変革を伴う経営判断ということですよね。この変革を遂行するためには、組織全体で理解を深め、翻訳者的な役割を担う人材が必要になってくる。」

基礎的なリテラシーの浸透が重要
社員の2~3割が基礎知識を持つことで、全体としての理解が進む

小泉 「では実際、育成をどのように進めていくのがいいのでしょうか。田原さん、この点について、どうお考えですか?」

田原 「まずはリテラシーを底上げすることが大事になりますが、その際、GXスキル標準のリテラシーの項目を確認し、自社とのフィット&ギャップを把握いただくのが良いと思います。しかし、これが難しいという声も多くあるので、こういった浸透プロジェクトとして、企業がGXスキル標準を活用できるような発信を強化したいと考えています。」

小泉 「兵田さん、どう進めているか教えてください。」

兵田 「実は最近、新入社員がカーボンニュートラルの部署に配属されましたが、セミナーでも、展示会でも、とにかく外に出なさいと伝えています。もう1つは、エネルギーとか国際動向とかベースの知識は必要なので、GX検定の受験はサステナビリティ本部で推奨しています。」

小泉 「菊地さんはどうお考えですか?」

菊地 「HR部門と連携は大切だと思います。DXに関する社内浸透の取り組み経験を活かせることもあると思うので。また、外部から知見を得ることも必要ですが、実は社内を見渡すと隠れたところにGXに関する知識を持った人もいたりするので、社内イベントを開いて登壇してもらったり意見交換をするというのも効果的です。
具体的にどういう知識が必要なのかについては、兵田さんも言われていたように基礎知識は大事なので、スキル標準を活用して勉強会を開いたりしています。

自部署の商品が他部署やクライアントのGX課題解決にこうして役立つんじゃないか、みたいなことを想像できるようになるくらいまで、GXの知見やスキルが身につくことを取り組みのマイルストーンに置いています」

小泉 「DXの初期には、外部の専門人材を招聘して組織改革を試みた企業が多かったのですが、うまくいきませんでした。組織内の基礎的な知識が不足していたからです。GX推進においても、基礎的なリテラシーを全員に浸透させることが重要です。組織の2割から3割が基礎的な知識を持つことで、全体としての理解が進むと考えています。」

折口 「人材育成は時間もかかるので、早めに取り組むことが重要です。動きの早い領域なので、5年後の技術や価値観はさらに複雑になってると思いますが、今の考え方や知識が将来の基盤となるはず。早期から取り組み、スキルを蓄積する。また、集合知を活かせるところだと思うので、業種や業界を超え取り組むと育成のメニューが充実し、取り組みが加速するのではないでしょうか。ここは本当に協調領域として、ポテンシャルを秘めたところだと思っています」


4.総括

最後はモデレーター小泉氏の総括で締めくくりました。

2024年は「GX人材元年」
組織全体のスキル浸透をすすめ、変化を受け入れる土壌形成を

小泉 「GX推進において、重要なのは中央の数名の専門人材だけに頼るのではなく、組織全体がリテラシーやスキルを持ち、それぞれの部署が連携してGXに取り組むことです。これにより、変化を受け入れる土壌が形成され、組織全体がイノベーションを起こす力を持つことができます。

海外でもカーボンニュートラル推進に関するスキルの議論が始まっており、イギリス、特に中でもスコットランドでは、エネルギースキルズパスポートとして例えば化石燃料に関する雇用者が洋上風力に移行するためのスキルの差分を議論したりしています。また、ヨーロッパ全体でも2023年はスキルイヤーと言って盛り上がっています。

本日は改めてGX人材育成の重要性や、どう取り組むべきかを議論してきましたが、日本も2024年を「GX人材元年」と位置づけ、2050年を見据え人材育成への取り組みが活発化するよう、私たちも情報発信を続けていきたいと考えています。」


本イベントのアーカイブ動画を期間限定で公開しています。
お申込みはこちらから:
https://green-transformation.jp/gx_skillstandard/permeation-event/20240822/