人的資本経営とは?メリットとポイント、企業事例をわかりやすく解説
「人的資本経営」とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方のことです。企業の持続的な価値向上やサステナビリティに深く関わり、多くのメリットをもたらす経営手法といわれています。
そこで今回は、「人的資本経営」について知っておくべきポイントやメリット、具体的な取り組み事例までご紹介します。「人的資本経営」について知見を深めたい方は、ぜひご一読ください。
人的資本経営とは
ここでは人的資本経営の概要と、注目されている背景について解説します。
人的資本の概要
人的資本経営とは、経済産業省によると「人材を“資本”として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方」のことです。
では「人的資本」とは何を表すのでしょうか。これまで人材は「資源」と同様に捉えられており、経済的利益追求にはコストカットなどの犠牲もやむなしという考え方でした。しかし2001年「OECD(経済協力開発機構)」により、「人的資本」は「個人的、社会的、経済的厚生の創出に寄与する知識、技能、能力及び属性で、個々人に備わったもの」と定義されました。そのため現在は、「生まれ持った能力や資質までが資本である」とみなされています。
またSDGsの推進により、近年では経済的収益に限らず非経済的収益、例えば人間らしい働き方に関わる幸福感や健康面なども人的資本として捉えられています。つまり人材は消費する「資源」ではなく、適切な環境整備を行うことで価値が伸縮する「資本」であるという考え方です。そのためには「社内環境整備」や「人材育成」が重要となります。
人的資本経営が注目される理由
第四次産業革命による産業構造の急激な変化や、少子高齢化、テレワークによる働き方の多様化など、企業環境は大きく変貌しました。企業は時代に即した人材戦略を練らなくてはなりません。
新たなビジネスチャンスやイノベーションの創出には、優秀な人材が不可欠であり、持続可能な社会構築には、働きがいのある人間らしい仕事を促進することが求められます。そのため一人ひとりの人材を活かす人的資本経営による手法が注目されています。
ESG投資やサステナビリティ経営の拡大
SDGsを契機として、企業の事業活動におけるサステナビリティや非財務情報の開示を求められることが増えています。またESG投資では、特にSDGs目標8の「働きがいも経済成長も」に関わる人権やディーセントワーク(人間らしい労働)を重要視しています。サステナビリティ経営やESG投資の拡大とともに、人的資本経営への注目は今後ますます高まる可能性があります。
人的資本経営のメリット
人的資本経営にはどのようなメリットが存在するのでしょうか。次の4つの視点から詳しく解説していきます。
- 人材戦略の可視化によるパフォーマンス向上
- サステナビリティ経営の推進
- ESG投資の増加
- 従業員エンゲージメントが上昇
人材戦略の可視化によるパフォーマンス向上
人的資本経営の重要な柱として人材育成があります。人材育成には従業員一人ひとりの能力や技術を可視化し、把握することが大切です。可視化することで最適な配置や業務形態が可能になり、従業員本来の能力が大いに発揮され、パフォーマンス向上に結びつきます。
サステナビリティ経営の推進
SDGsをはじめとして世界では、サステナビリティ経営の推進が求められています。人的資本経営は非経済的収益に関わる取り組みを重視するため、企業のサステナビリティの後押しが可能です。サステナビリティの向上は、企業の信頼性やブランディングイメージを高めることに大きく役立ちます。
サステナビリティ経営についてはこちらの記事もぜひご覧ください。
>>>サステナビリティ経営の基本と成功事例:CSR・ESG・CSVとの違いを比較
ESG投資の増加
多くのESG投資家が、企業の人的資本戦略を投資の重要な要素と捉えています。ESG投資家は利回りに加えて、環境と社会とそれを支えるガバナンスを評価します。人的資本経営は、そのガバナンスを評価するための重要な指標となります。人的資本経営を推進することは企業の社会的価値を向上させ、ESG投資の対象として有利になります。投資が増加すれば新たなビジネスや設備投資が可能となり、企業の経営拡大へと繋がります。
従業員エンゲージメントが上昇
従業員が能力を十分に発揮するためには、やりがいや働きがいを感じつつ、主体的に業務に取り組むことができる環境の整備が重要です。従業員のキャリアプランと会社のニーズを一致させる形で成長の望める業務形態を社内で提案するなど、人的資本経営は従業員エンゲージメントの上昇が望めます。
人的資本経営に取り組むポイント
ここからは企業が人的資本経営に取り組むためのポイントをご紹介します。そのためには、経済産業省から2020年9月に公表された「人材版伊藤レポート」、そして2022年5月の「人材版伊藤レポート2.0」を理解することが大切です。
人材版伊藤レポートとは
「人材版伊藤レポート」とは、経済産業省の「持続的成長への競争力とインセンティブ〜企業と投資家の望ましい関係構築〜」プロジェクトについて議論されたものを、まとめた最終報告書です。一橋大学の伊藤邦雄氏がプロジェクトの座長を務めたため、そう呼称されています。人材戦略と人的資本経営の指針となるレポートです。
「人材版伊藤レポート」の人材戦略には「3の視点」と、「5つの共通要素」が重要であることが紹介されています。それぞれを詳しく解説していきます。
3つの視点
視点 | 概要 |
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1. 経営戦略と人材戦略の連動 | 企業価値を持続的に向上させるためには、経営戦略の実現を支える人材戦略を策定・実行することが必要不可欠。人材戦略は企業ごとに違うため、自社に適した人材戦略を考慮しなくてはいけない。自社の経営戦略上重要な人材アジェンダについて、経営戦略も考慮しながら、最適な戦略やKPI を考えることが有効。 |
2. As is-To beギャップの定量把握 | 人材戦略が、ビジネスモデルや経営戦略と連動しているかを評価するには、As is‐To be ギャップを定量的に把握することが重要。KPI を用いて目標と現状を把握し、人材戦略の策定段階だけではなく、実行段階において見直しを行う。またこれらはステークホルダーとの対話の局面においても重要となる。 |
3. 企業文化への定着 | 企業文化は、日々の活動・取組を通じて醸成されるものであり、企業理念、企業の存在意義(パーパス)や持続的な企業価値の向上に向け、取り組むことが必要である。企業文化の定着化は経営トップ自らが粘り強く発信していくことが重要。また適切な KPI を設定し検証することが必要である。 |
5つの共通要素
共通要素 | 概要 |
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1. 動的な人材ポートフォリオ | 新たなビジネスモデルへの対応という将来的な目標から人材を獲得・育成する。持続的な企業価値の向上を実現するためには、人材ポートフォリオをビジネスモデル、経営戦略と連動する。人材ポートフォリオを常に適時最適な状態とすることが理想であり、社内部門を越えた異動、経営者候補も含めた外部人材のプール、起業・転職支援等に取り組むことが必要である。 |
2. 知・経験のダイバーシティ&インクルージョン | イノベーション創出は企業の中長期的な経営に必須。そのためには経験や感性、価値観、専門性といった知と経験豊富な人材が存在するダイバーシティの具現化を行わなければならない。性別や人種などの属性ではなく、キャリアパス、専門分野の多様性や価値観を取り込み具現化していく。 KPI を設定し、ダイバーシティ&インクルージョンの実現を目指す。 |
3. リスキル・学び直し | 個人のリスキル・スキルシフトの促進、専門性の向上が重要である。企業はそのための支援を行う。IT リテラシーやスキルの向上は必須だが、人間性や創造性やデザインスキルもより重要である。デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進には経営陣も率先して取り組む。汎用性の高いスキルや専門性を 身につける機会があることは個人にとっても有用である。 |
4. 従業員エンゲージメント | 従業員が能力・スキルを発揮するにはやりがいや働きがいを感じ、主体的に業務に取り組む環境整備が重要。企業と個人が対等な関係の下で、一体となって、企業 の成長の方向性や組織目標の達成と多様な個人の成長のベクトルを合致させる。これは、持続的な企業価値の向上と いう経営の好循環の観点からも不可欠な要素である。 |
5. 時間や場所にとらわれない働き方 | 安全かつ安心して働くことができる環境を平時から整えることが事業継続やレジリエンスの観点からも必要。一方、テレワークなどの多様化でマネジメントスキルがより不可欠な要素となる。」複雑化するタスクのアサインの仕方や育成・評価なども適合させ対応できるマネージャーの育成や支援が鍵。国民生活の安定確保に不可欠なエッセンシャルワーカーへの対応も重要。 |
出典:持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~ 人材版伊藤レポート ~(経済産業省)
企業が人的資本経営に取り組むための3ステップ
企業が人的資本経営に取り組むための3つのステップについて解説します。
①人的資本経営立ち上げの為の準備
人材戦略は経営戦略と連動していることから、経営陣が主体となって取り組む必要があります。そのためには全社的なプロジェクトを組成し、プロジェクトは CEO・CHRO をトップとして推進することが求められます。経営陣と現場スタッフとのスムーズな連携を促す機能を果たす専門チームを作成することも有効でしょう。また現状を分析するために、従業員へのエンゲージメント調査を実施することも大切です。
②As is – To beギャップを把握する
人的資本経営立ち上げ時に行った現状分析の結果を踏まえ、将来を見据えた「組織として不足しているスキル・専門性の特定」とのギャップを埋めるための具体的な対策を検討します。情報を共有しながら、CEO・CHRO を主軸にギャップの解消に向けた検討を進めていくことが望ましく、解決すべき課題を可視化し、解決状況を確認するための KPIの設定が重要です。
③課題への対応と取り組み
浮かんだ課題とそれを解決するために策定した計画に基づいて、将来の経営戦略目標に繋がるための取り組みを実施します。対応すべき課題内容として「ガバナンス」「エンゲージメント」「人材育成」「採用・人材配置」「環境整備」などが挙げられます。すべてに取り組む必要はなく優先順位を決めて対応し、取り組みの状況については経営戦略と連動している
かを適宜把握することが大切です。
人的資本経営日本と海外の動向
ここからは人的資本経営に関する国内外の開示基準や、動向について解説していきます。
日本の動向
2022年、岸田政権は「新しい資本主義」として「人への投資」の強化を謳いました。これまでの日本の動向がどのようなものかをご紹介します。
人的資本経営コンソーシアム設立
日本企業における人的資本経営を実践と開示の両面から促進することを目的として、2022年「人的資本経営コンソーシアム」が設立されました。国内外の人的資本に関する情報の収集・発信と普及を行います。
人的資本可視化指針の公表
「人的資本可視化指針」は、2022年に内閣官房「非財務情報可視化研究会」において公表されました。日本企業の人的資本経営推進の重要な指針であり、人的資本経営拡大を後押しするものです。
海外の動向
米国企業の主要経営団体ビジネスラウンドテーブルは、2019年ステークホルダーを重視することを宣言しました。また2018年の英国のコーポレートガバナンスコード改訂では、取締役会における企業文化の考慮、人材への投資・報酬決定などの取り組み説明が明記されるなど、人的資本経営が推進されています。
ISO30414の情報開示
2018年12月に国際標準化機構(ISO)は、ISO30414(人的資本の情報開示ガイドライン)を策定しました。。企業が社内外に人的資本情報を報告するための国際的な指針として、人材マネジメントの企業報告指標11項目が定められています。
日本企業の取組事例
国内の企業の人的資本経営の取り組み事例についてご紹介します。
花王株式会社
自発的な挑戦をする社員育成のため、OKR(Objective Key Result)制度を導入しています。社員は理想的な社会の実現に向けた挑戦を事業貢献、ESG、ワンチーム&マイドリームの軸で目標を掲げます。これらの取り組みは同じ想いを持つ社員同士の交流を活発化し、さらなる挑戦を促進しています。
サッポロホールディングス株式会社
事業活動変化のなか、全社的な「DX・IT人財育成プログラム」を2022年より実施しています。全社員6,000名を対象として教育を行う一方、DX・IT推進サポーターは900名、DX・IT推進リーダー「リーダーステップ」は200名の目標人数を掲げています。2023年までには、グループ全体の戦略推進力の向上が目標です。
中外製薬株式会社
社員にDXによるビジネス課題解決・アイデア実現の場を提供し、自ら変革を起こすマインドを醸成することを目的に「Digital Innovation Lab(DIL)」を設立しました。約80のテーマでPoC(概念実証)を実施し、社員自らのDX参画を促すことにより、組織風土改革を行っています。
日清食品ホールディングス株式会社
持続的な成長には、次代のビジネスを担う人材の育成が必要と考え、2020年度に 「NISSIN ACADEMY」を設立しました。希望する社員がマーケ ティング等を学ぶことができるプログラムに加え、各部門の専門知識や次期経営者として の視座の習得を目指すプログラムを設置しています。
株式会社ベネッセホールディングス
CEOの後継者の育成に向けて、本部長、部課長といった 階層ごとに、後継者候補を全社で管理しています。各ポジションの人材要件や候補者は、取締役が一同に会する場で議論され、毎年見直しが行われています。また社員の自律的な学びによるDX人材育成も実施されています。
またこの他にも多くの事例があり、こちらで確認可能です。
人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書~人材版伊藤レポート2.0~実践事例集
まとめ
持続可能な企業として取り組むべき「人的資本経営」について、メリットやポイントをわかりやすく解説しました。
「人的資本経営」は、サステナビリティ経営や、GX等の環境関連の目標にも密接に関連してきます。そのため政府が掲げるGX政策について、しっかりとした知識を身につけることが大切です。それには「GX検定」がおすすめです。
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