工場の節水設備を最新のものに更新し、排水処理も基準を満たしている。それでもCDPの水セキュリティに関する質問書を前にすると、回答欄で手が止まってしまう。取水量や排水量の数字は把握できていても、自社の水リスクをどう特定し、どう対策しているかを問われると、途端に答えに窮するという担当者の方も多いのではないでしょうか。
この行き詰まりには構造的な理由があります。水資源の管理を工場の敷地内、つまり「点」で捉えている限り、CDPやTNFDの開示枠組みが求める「面」としての評価には答えられないためです。
本記事では、製造業が直面する水リスクの現状と、工場内にとどまらない水資源循環の考え方、CDPやAWS認証といった外部評価の枠組みについてお伝えします。
*この記事はスキルアップGreenのホワイトペーパー「製造業のための『水リスク』管理と資源循環入門」の内容を再構成したものです。
https://green-transformation.jp/documents/water-risks/
なぜ今「水」が製造業の経営リスクなのか
世界に目を向けると、水を巡る状況はすでに深刻な段階に入っています。UNESCOの報告書「Water crises threaten world peace」によると、世界人口の50%が年に1度以上深刻な水不足を経験しており、2022年時点で世界人口の25%が「極めて高い」水ストレス地域に居住していると指摘されています[※1]。水の使用量は、人口増加率の2倍のペースで増加しています[※2]。
水ストレスの深刻度は、1人当たりが年間に利用できる水資源量で測られます。国土交通省の資料によると、生活・農業・工業・エネルギー・環境に必要な水資源量は年間1人当たり1,700立方メートルが最低基準とされ、これを下回ると水ストレス下、1,000立方メートルを下回ると水不足、500立方メートルを下回ると絶対的な水不足の状態とされています[※3]。また、英国の開発学研究所(IDS)の知識サービスEldisの分析によると、世界各国が提出した国別気候行動計画(NDC)の約93%で水が気候変動適応の鍵と位置づけられており、水と気候変動の結びつきはますます強まっています[※4]。
こうした状況は遠い国の話ではありません。原材料の調達地や生産拠点が水ストレス地域に位置していれば、操業停止や価格高騰という形で自社の事業継続に直結するリスクとなります。
工場の外側にある「見えない水」
日本の製造業は、工場内の水循環という点では高い水準を実現しています。国土交通省の資料によると、日本の工業用水は約79%が再利用(回収利用)されており、取水量の内訳は農業用水68%(約528億立方メートル)、生活用水19%(約144億立方メートル)、工業用水13%(約98億立方メートル)です[※5]。

【図1】ホワイトペーパーp.6
しかし、工場の中でどれだけ水を上手に回せていても、それだけで水リスクへの対応として十分とは言えません。工場に原材料が届くまでの栽培・採掘・輸送の過程、そして製品が使用され廃棄されるまでの過程でも、膨大な水が消費されているためです。hydreatioの記事「Closing the Loop: Implementing Water Circularity in Manufacturing Industries」では、この工場の外側、サプライチェーン全体で消費される水こそが見落とされやすいと指摘されています[※6]。この「見えない水」を可視化する考え方が、ウォーターフットプリントです。WWFジャパンの解説によると、原料調達から廃棄・リサイクルに至るライフサイクル全体で消費・汚染される水の量を、m³という単位で定量化し水環境への影響を評価する指標とされています[※7]。
この「見えない水」の量は、想像以上に大きなものです。環境省の資料によると、食料や製品を輸入する国が仮に自国で同じものを生産していたら必要になる水の量を示すバーチャルウォーターで見た場合、日本の年間輸入量は約800億立方メートルにのぼり、これは国内の年間水使用量とほぼ同じ規模です。同資料に基づく試算では、製品1kgあたりのバーチャルウォーターは白米で3,600リットル、鶏肉で4,500リットル、牛肉では20,600リットルにのぼるとされています[※8]。一方、農林水産省の食料需給表によると、令和6年の日本の食料自給率はカロリーベースで約38%にとどまり、残り62%を海外に依存しています[※9]。仕入れ先が水ストレス地域に立地している場合、こうした埋め込まれた水への依存度の高さが、生産停止や価格高騰という形で自社のコストに直結するリスクとなります。
「点」から「面」へ。水のサーキュラーエコノミーという考え方
工場内の水循環にとどまらず、サプライチェーンや流域全体で水を管理する発想が、水のサーキュラーエコノミーです。hydreatioの記事によると、製造業における水の循環性とは、水を一度使用したら排出するのではなく、生産プロセス全体を通じて再利用・リサイクルする仕組みを指します[※6]。
ここで注意したいのは、水は素材や他の廃棄物とは性質が異なるという点です。金属やプラスチックと違い、水は蒸発・汚染・地域への分散が起こるため、循環戦略には流域や地理的な視点が欠かせません。

【図2】ホワイトペーパーp.10
この循環の考え方は、使用量の把握と削減から始まり、排水の分別・再利用・再生、製造サイクルへの水の戻し、水質を維持しながら流域全体と統合するという4つの段階で整理できます。まず押さえておきたいのは、自社の水利用を直接的なものと間接的なものの2種類に分けて把握するという視点です。直接的ウォーターフットプリントは、原材料の溶解や洗浄、冷却、ボイラー給水など、自社の事業活動範囲内で消費・排出する水を指します。間接的ウォーターフットプリントは、購入する電力の発電に使われる水や、原材料・サプライチェーンに埋め込まれた水など、自社が直接管理していない水を指します[※10]。
こうした水資源の管理は、気候変動や自然資本とも切り離せません。TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)は、水を単なる資源の指標としてではなく地域特性に合わせて捉え、気候シナリオによってその状態がどう変わるかを考えること、そして森林や湿地、土壌を水インフラとして認識し、その劣化が水リスクと気候リスクを同時に悪化させることを前提とするよう企業に求めています[※11]。
CDP・AWS認証・水循環企業登録認証制度。3つの評価軸をどう使うか
自社の水資源管理の状況を対外的に示す場面では、国内外で複数の評価・開示の枠組みが用意されています。代表的なものが、CDP、AWS認証、そして国内の水循環企業登録・認証制度の3つです。
CDP(旧称:Carbon Disclosure Project)は、企業や自治体の環境リスクへの対応を、質問書への回答とスコア化によって評価する国際的な非営利団体です。水セキュリティの評価では、水の使用状況の把握、水に関するリスクと機会の特定、対策と管理体制、目標と実績、取引先や地域社会との連携という観点から評価が行われます[※12]。
AWS認証は、水スチュワードシップ同盟(Alliance for Water Stewardship:AWS)が運営する認証制度です。AWSは「流域単位での責任ある水資源管理」を広げるために企業・NGO・国際機関が参加する国際的な非営利組織で、その国際規格(AWS Standard)は、自社敷地内という点の節水にとどまらず、水源の上流から下流までを一つの流域という面として捉え、地域社会や他の利用者と協働しながら持続可能な水利用を実現することを求めています[※13]。
国内では、内閣官房水循環政策本部事務局が運営する水循環企業登録・認証制度(2024年度創設)があり、水循環に資する取り組みを積極的に実施している企業が「水循環ACTIVE企業」として認証されています。各企業の取り組みは、① 水源域における森林整備・保全、⑧ 河川等における生物多様性保全の支援 ⑪ 水循環に関する研究開発費の確保などの計14カテゴリーで整理されています[※14]。
これら3つの枠組みに共通しているのは、自社の水使用量を把握するだけでなく、それをリスクとして評価し、具体的な対策を講じ、進捗を数値で追いかけるという一連の管理サイクルを求めている点です。この管理サイクルのどこか一箇所でも欠けていると、外部評価の場で説得力のある説明ができなくなってしまいます。
とはいえ、3つの制度が存在すると分かっただけでは、自社がどの項目から手をつけるべきか、どのレベルの対応が求められているかを判断するのは難しいのではないでしょうか。CDPの水セキュリティ評価で問われる5つの管理項目を一覧化した自己点検チェックリストは、ホワイトペーパー「製造業のための『水リスク』管理と資源循環入門」のp.14にまとめられています。自社の取り組みが今どの項目まで進んでいるかを確認する出発点として活用できます。
***
本記事でお伝えしたのは、水リスクを工場内の点ではなくサプライチェーンと流域の面で捉える必要があるという考え方と、CDP・AWS認証・水循環企業登録・認証制度という3つの評価軸の位置づけまでです。実際に自社の取り組みを評価し、経営層や取引先に説明していくには、CDPの5つの評価項目の自己点検チェックリスト、AWS認証の5つの評価項目、水循環企業登録・認証制度の取り組み事例といった、より実務に踏み込んだ情報が欠かせません。
ホワイトペーパー「製造業のための『水リスク』管理と資源循環入門」には、これらの情報に加えて、直接的・間接的ウォーターフットプリントの工程別の分類整理など、自社の水利用を棚卸しする際にそのまま使える内容がまとめられています。スライド形式でまとめられているため、社内勉強会や経営会議のスクリーンにそのまま映し、関係部門への説明にも活用できます。
自力で情報を整理し、社内の関係部門を巻き込みながら体制を構築するには相応の時間がかかるのではないでしょうか。資料の後半では、水リスク対応やGX推進を担う人材の育成を後押しするスキルアップGreenのサービスもあわせて紹介しています。自社で一から設計するか、既製のカリキュラムを取り入れて時間を買うか、比較検討する際の判断材料としてご覧ください。
脚注
※1 UNESCO「Water crises threaten world peace」
https://www.unesco.org/en/articles/water-crises-threaten-world-peace-report
※2 United Nations「The Sustainable Development Goals Report 2019」
https://unstats.un.org/sdgs/report/2019/goal-06/
※3 国土交通省「水資源問題の原因」
https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/mizsei/mizukokudo_mizsei_tk2_000021.html
※4 Eldis(Institute of Development Studies)「Water resources, climate change and the nexus」
https://archive.ids.ac.uk/eldis/keyissues/water-resources-climate-change-and-nexus.html
※5 国土交通省「令和7年版 日本の水資源の現況」
https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/mizsei/content/001902538.pdf
※6 hydreatio「Closing the Loop: Implementing Water Circularity in Manufacturing Industries」
https://hydreatio.com/closing-the-loop-implementing-water-circularity-in-manufacturing-industries/
※7 WWFジャパン「日本が世界の水環境に及ぼす影響を明らかにする『ウォーターフットプリント』」
https://www.wwf.or.jp/activities/basicinfo/4586.html
※8 環境省「virtual water」
https://www.env.go.jp/water/virtual_water/
※9 農林水産省「食料需給表 令和6年度」
https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/fbs/attach/pdf/index-28.pdf
※10 manglai「What’s the Difference Between Direct and Indirect Water Footprint?」
https://www.manglai.io/en/blog/difference-direct-and-indirect-water-footprint
※11 TNFD「Guidance on nature in transition plans November 2025」
https://tnfd.global/wp-content/uploads/2025/11/Guidance-on-nature-in-transition-plans_DIGITAL-1.pdf
※12 CDP「CDP Full Corporate Scoring Methodology – Water Security 2024」
https://cdn.cdp.net/cdp-production/comfy/cms/files/files/000/009/118/original/2024_Full_Corporate_Scoring_Methodology_-_Water_Security.pdf
※13 Alliance for Water Stewardship「AWS Standard」
https://a4ws.org/aws-standard/
※14 内閣官房水循環政策本部事務局「水循環企業登録・認証制度」 https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/mizu_junkan/category/active_introduction.html


